オメガ スピードマスター、本当に“月に行った時計”なのか?2026年レビュー

2026年、オメガのスピードマスターは単なる「月面着用モデル」としてではなく、
人類の宇宙探査史そのものを宿す時計として再評価されている。
だが、果たして現代のスピードマスターは、1969年のアポロ11号当時と同じ精神を継いでいるのだろうか。
NASAの過酷テストを唯一通過した歴史、復刻されたCal. 321ムーブメント、そして新登場の隕石ダイヤルモデルまで——
実際に着用しながら、その“真の価値”を探った。

スピードマスターは、本当にNASAのテストを通過したのか?

1964年、NASAは有人宇宙飛行用の信頼できる時計を求め、複数ブランドに試験を依頼した。
高温・低温・真空・振動・衝撃・無重力——11項目にわたる極限環境テストの結果、
唯一合格したのがオメガのスピードマスターだった。

特に有名なのは1970年のアポロ13号。
サービスモジュールが爆発し、電力が遮断された中、
宇宙飛行士たちはスピードマスターのクロノグラフ機能で14秒間のエンジン噴射を正確に計測し、
地球への帰還を成功させた。
この功績により、NASAはオメガにスヌーピー賞を授与している。

つまり、「月に行った時計」は比喩ではなく、事実に基づく称号なのだ。

現代のスピードマスターは、当時の性能を超えているのか?

2019年、オメガは人類初の月面着陸50周年を記念し、
Cal. 321ムーブメントを完全復刻した。
オリジナルの1960年代仕様を忠実に再現するため、
アポロ17号で最後の月面歩行を行ったユージーン・サーナンが着用したST105.003のムーブメントを
CTスキャンで解析し、微米単位の公差で再現。

さらに、現代のスピードマスターはマスタークロノメーター認定を取得しており、
15,000ガウスの耐磁性能と-0/+5秒の高精度を実現している。
手巻きながらも、現代の技術基準を完全に満たしているのだ。

プラチナモデルや隕石ダイヤルは、単なる贅沢なのか?

2026年現在、スピードマスターにはいくつかの特別モデルが存在する。
たとえば、プラチナ製ケース+ブラックカーボンダイヤル+月の隕石製サブダイヤルのモデルは、
価格が528万7,000円(中国公定価格¥237,000換算)に達する。

一見すると“装飾過多”に見えるが、その隕石は月面由来の真正な素材であり、
天文学的にも貴重なものだ。また、プラチナケースは密度が高く、手に取るとずっしりとした存在感がある。

一方、精鋼モデル(約138万6,000円)は、
段付きブラックダイヤルにホワイトエナメルのタキメーター、手巻きムーブメントという
クラシックな月面仕様を忠実に再現しており、コレクターからの支持が高い。

どちらも、“月”というテーマに対する敬意が込められている点では共通している。

実際に着けてみると、どんな印象を受けるのか?

手巻きであるため、毎朝リューズを巻く儀式が必要だ。
だが、それが所有者と時計との対話のように感じられ、逆に愛着が湧く。

42mmのケースは現代的にはやや小ぶりだが、
ラグのラインが滑らかで、手首に自然にフィットする。
クロノグラフプッシュピースのクリック感は明確で、操作するたびに
「これは本物の工具だ」という実感が得られる。

スーツにもジーンズにも合う汎用性があり、
“特別な日だけの時計”ではなく、“毎日着けたい一本” として成立している。

結局、スピードマスターを選ぶ意味とは何か?

それは、「時間を計る道具」を超えた選択だ。
スピードマスターを選ぶことは、
– 人類が未知に挑んだ勇気
– 極限環境でも機能する信頼性
– 50年以上にわたる技術の継承

を腕に巻くことでもある。

2026年、多くのスマートウォッチが“便利さ”を競う中、
スピードマスターは“信頼”と“歴史”という普遍的価値を静かに提示している。
月に行った時計——それは、今もなお未来を見つめ続けている。

【新作】オメガ「ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」皓月之灰(グレイ):月の裏側を纏う、究極のグレー

【新作】オメガ「ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」皓月之灰(グレイ):月の裏側を纏う、究極のグレー
1968年12月。人類史上初の月周回飛行を果たしたアポロ8号の船内。
宇宙飛行士ジム・ラヴェルが舷窓から見た月の表面は、我々が知る白黒の月ではなく、「無機質な灰色の荒野」でした。
その瞬間の記憶を、オメガが現代のハイテクノロジーで再現しました。それが、最新作「スピードマスター プロフェッショナル ダークサイド・オブ・ザ・ムーン “グレイ”」(通称:皓月之灰)です。
これは単なる「グレーの時計」ではなく、月の裏側(暗黒面)の持つ孤独で冷たい空気感を、文字盤に焼き付けたアートピースです。
なぜ「灰色」が特別なのか?
従来の「ブラックセラミック」は、まるでSF映画のセットのように派手で、光を吸い込むだけ。
しかし、今回の「グレー」は違います。
オメガはこのグレーを再現するために、2万℃のプラズマ炎でセラミックを焼き上げました。この「プラズマセラミック(等离子陶瓷)」は、通常のセラミックよりも高い温度で焼成されており、金属のような冷たさと重厚感を併せ持っています34。
見た目: 光の当たり方で、シルバーグレーからダークアイアンに変化。
触感: 指で触れた瞬間、セラミック特有の「冷たさ」と「滑らかさ」が、まるで月の砂(レゴリス)を触っているかのような錯覚を起こさせます2。
裏表で違う、月の二面性
この時計の真骨頂は、その構造にあります。
表側(文字盤):月の「表側」
文字盤はレーザー腐食(えんしょく)技術を用いて、月の表面の凹凸を忠実に再現しています12。
立体感: 0.1mmの深さで刻まれたクレーターは、本物の月と同じ1:100,000の縮尺比で設計1。
視覚効果: 2つのサブダイヤル(計時盤)は、月面上の「明るい高地」のように見えるよう、サンドブラスト処理が施されています2。
裏側(裏蓋):月の「裏側」
裏蓋はスケルトン(背透し)設計。そこに見えるムーブメント(機械)の表面にも、レーザーで月の裏側の地図が刻まれています12。
コントラスト: 表が「光を反射する月」なら、裏は「光の当たらない裏側」。
鑑賞性: 時計を手首に巻きながら、裏返して機械を見ることは、まるで宇宙飛行士が地球の向こう側にある月の裏側を観察する行為そのものです。
中身は「3869」キャリバー:至極の手巻き
この「皓月之灰」を駆動するのは、手巻き式のキャリバー3869です。
これは、あの伝説のムーンウォッチキャリバー「1861/3861」をベースに、現代の技術(同軸エスケープメント、シリコン遊丝)を注入した、最強の手巻きムーブメント13。
防磁性能: 15,000ガウスの強力な磁場にも耐えるため、MRI検査室に入っても問題ありません12。
高精度: 至臻天文台(Master Chronometer)認定を取得。誤差は1日あたり0〜+5秒という驚異的な精度34。
操作感: リューズを回す手応えは、宇宙飛行士が手動でタイマーをセットするかのように、的確で重厚です。
🇯🇵 2026年現在の価格と評価
2025年にリリースされたこのモデルは、2026年現在、中古市場や新規市場で高い人気を維持しています。
項目 内容
サイズ 44.25mm
防水 50m
特徴 プラズマセラミック、手巻き3869、月面彫刻
なぜこの時計が「買い」なのか?
希少性: プラズマセラミックの製造工程上、一つ一つの色味に個体差があり、「同じ色の時計は二つとない」。
被りにくさ: 黒いセラミックのムーンウォッチはよく見かけますが、この「灰色」は5メートル離れていても「何か違う」ことが分かります。
万能さ: セラミックのため金属アレルギーの心配がなく、カジュアルからフォーマルまで、どんな装いにも溶け込みます。
編集後記
この「皓月之灰」は、単に「月に行った時計」ではありません。
アポロ8号の船長、フランク・ボーマンが言った言葉があります。
「月は美しいが、それは死者の世界のような美しさだ。」
この時計は、その「死者の世界のような」冷たさと、孤独を、手首に優しく抱きしめている感覚を、あなたに与えてくれるはずです。

表圈全员“黑化”?2025年注目の3本の「完全燃え尽き系」全黒ウォッチ

腕時計の世界は流行り廃りが激しく、「カラフルな文字盤」や「フルールモティーフ」など、華やかなデザインが目立ちます。
しかし、その中でも常に不動の地位を築いているのが、「ブラック(黒)」です。
かつては「文字盤だけ黒」「ベルトだけ黒」という中途半端なモデルが多かったですが、近年の素材技術の進化により、「ケースからムーブメントまで、完全に黒一色」に染めた「オールブラック・ウォッチ」が注目を集めています。
今回は、2025年に発表された新作の中から、「全黒」にこだわった3本の名作を厳選してご紹介します。
1. オメガ(OMEGA):超霸 “月之暗面” マットブラック
まずは、セラミック技術で世界をリードするオメガの「黒」。
デザイン:
「月の裏側(ダークサイド・オブ・ザ・ムーン)」シリーズの最新作。このモデルは、ケース、ベゼル、文字盤、裏蓋、リューズ、プッシャーに至るまで、すべて「黒色セラミック(ジルコニア)」で構成されています。
44.25mmという大ぶりなケース径ですが、セラミック特有の軽量化と、光を吸収するマットブラックの塗装により、実際には驚くほど軽く、手首にフィットします。
ベゼルの測速計刻みは「大明火エナメル」で、光を受けるとわずかに光沢が見え、黒の中の黒を表現。
中身:
搭載されるのは「Cal. 9900」。これは、オメガの至臻天文台(マスター・クロノメーター)認定を取得したクロノグラフムーブメントです。
裏蓋越しに見えるムーブメントも、すべて黒化処理(ダイヤフラッシュ仕上げ)が施されており、文字までが黒色の亮漆で塗装されるという、細部に渡るこだわり。
おすすめポイント:
「とにかく黒が好き」「存在感のあるスポーツウォッチが欲しい」という方へ。「完全燃え尽き系」と呼ばれるオメガの黒は、圧倒的な存在感を放ちます。
2. ウブロ(HUBLOT):ビッグバン ユニコ カラヴェラ
次に登場するのは、素材の魔術師ウブロが送り出した、「死」をテーマにした祭りの黒。
デザイン:
2025年はビッグバン誕生20周年という記念すべき年。ウブロはその記念作として、メキシコの「死者の日」をイメージした「カラヴェラ(骸骨)」モデルを発表しました。
ケースは黒色セラミック、ネジやプッシャーは黒色PVDコーティングチタンを使用。しかし、このモデルの最大の見どころは文字盤です。
「骸骨の目玉」が9時位置に配置され、それがまるで時計を覗き込むように常時回転するという、非常に遊び心に溢れた仕掛けです。
中身:
搭載されるのは自社製「HUB1280」自動巻きムーブメント。パワーリザーブは約72時間。
ウブロらしい「複雑機構でありながらも、どこかポップな雰囲気」が魅力の一本です。
おすすめポイント:
「個性をアピールしたい」「ハロウィンやメキシカンカルチャーが好き」という方へ。「黒だけれど、暗いだけじゃない」そんな華やかさを兼ね備えています。
3. タグ・ホイヤー(TAG HEUER):モナコ TH-カーボンスプリング
最後は、伝統と革新が交差するタグ・ホイヤーの、「未来の黒」。
デザイン:
2025年GPHG(ジュネーブ高級時計大賞)関連イベントで発表された限定モデル。ケースと文字盤に「ブラックフォージドカーボン(鍛造炭素)」を採用。
この素材は、繊維がランダムに絡み合っているため、文字盤の模様が「1本1本異なる」のが特徴です。光の当たり方で、文字盤に渦巻くような模様が浮かび上がります。
クラシックなスクエアケースに、この未来感あふれる素材を組み合わせたコントラストが絶妙です。
中身:
10年の歳月をかけて開発された「TH-カーボンスプリング(炭素複合遊丝)」を搭載。従来の金属遊丝に代わる、次世代の素材として、耐磁性・耐衝撃性に優れています。
ムーブメントは「TH20-60」を搭載し、クロノメーター認定を取得。
おすすめポイント:
「レーシングスピリットを感じるデザインが好き」「最先端の素材技術に興味がある」という方へ。「軽さ」と「革新的な素材」が融合した、コレクターズアイテムです。
3モデル比較まとめ
比較項目 オメガ ウブロ タグ・ホイヤー
テーマ 宇宙の闇 / 無機質な美 死者の祭り / ポップアート レーシング / 未来技術
素材 ホルセラミック(全陶) セラミック + PVDチタン フォージドカーボン
ムーブメント 9900 (至臻天文台) HUB1280 (自社製) TH20-60 (カーボンスプリング)
サイズ 44.25mm 42mm 39mm
最後に
全黒の時計は、「派手ではない」「しかし、光を吸い込むような深みがある」。
「オメガ」は、「究極の黒」を追求した完成された美。
「ウブロ」は、「遊び心と芸術」を感じさせる華やかな黒。
「タグ・ホイヤー」は、「未来志向」の軽やかな黒。
どれも、光を吸収するような「黒」だからこそ、身に着ける人の個性を引き立たせてくれるはずです。

【2025年モデル】オーリス「プロパイロット」レビュー|定番モデルが大幅進化。PPX譲りの質感で日常使いの最強候補に

オーリスのコレクションにおいて、最も重要な位置を占めるのが「パイロットウォッチ(飛行時計)」です。
現在のラインナップでは、ビッグクラウン(大表冠)シリーズ、現代的なPRO PILOT(プロパイロット)シリーズ、そして自社ムーブメントを搭載するPRO PILOT X(PPX)シリーズがその中心を成しています。
その中でも、今回は「現代的なデザイン」と「リーズナブルな価格」で多くの支持を集める「PRO PILOT(プロパイロット)」が、2025年限定で大幅にアップデートされました。
先日終了したドバイウォッチウィークでの発表を受けて、新作のディテールを詳しく見ていきましょう。
🎨 1. 外観:一新された「粒状紋様」と「立体インデックス」
今回のモデルチェンジで最も目を引くのは、文字盤(ダイヤル)の質感の変化です。
粒状紋様(グレイン): これまでのサンレイ(太陽)紋ではなく、「空港の滑走路や格納庫の床」を連想させる、やや荒い粒状の紋様が採用されました。これは光の乱反射を抑え、視認性を高めるだけでなく、飛行時計としての「タフさ」を象徴しています。
立体時刻表示: インデックス(時標)は立体的になり、サイドには垂直のヘアライン仕上げが施されています。これは、針の質感と呼応するデザインです。
カラーバリエーション: クラシックな「ブラック」、ミリタリーテイストな「オリーブグリーン」、シックな「グレー」に加え、「デザートカラー(砂漠色)」の特別仕様も登場。いずれも低彩度の色調で、パイロットジャケットとの相性は抜群です。
⚙️ 2. ケース:PPX譲りの「薄型化」と「シャープな造形」
ケースデザインにも、オーリスのフラッグシップモデル「PPX」のエッセンスが注がれています。
薄型化: 厚さは従来モデルの12.4mmから11.7mmへと大幅にスリム化。腕へのフィット感が格段に向上し、長時間の着用でも疲れにくくなりました。
シャープなライン: ケースとベゼルの境目に、PPXでお馴染みの「切り欠き(シャープなエッジ)」が採用されています。これにより、横から見た時の存在感が増し、スポーティーな印象に。
ベゼル: ジェットエンジンのタービンをモチーフにした「ローレット(溝付き)」ベゼルは健在。滑り止め効果も高く、操作性は抜群です。
🦅 3. 機能:実用性を高めた「細部のこだわり」
オーリスらしく、実際の使用を想定した細かい配慮も見逃せません。
大型クラウン(大表冠): 1938年からの伝統である大型リューズ。手袋をしたままでも操作しやすいこのデザインは、プロパイロットシリーズのアイデンティティです。
LIFTフォールドクロージャー: ベルトの留め具(クラスプ)には、オーリスが特許を持つ「LIFT」機構を採用。この機構により、留め具の開閉が非常にスムーズに行えます。
裏蓋: サファイアクリスタルのスケルトンバック。裏蓋サイドにもベゼルと同じくローレット加工が施され、デザインの統一感があります。
⚙️ 4. ムーブメント:定評ある「Cal. 733」
裏蓋から見えるのは、オーリスの定番ムーブメント、「Cal. 733」です。
ベース: 定評あるSellita(セリタ)SW200-1をベースに、オーリスが独自にチューニング。
特徴: 見た目の特徴である「真っ赤な自動巻きローター(摆陀)」は健在。
性能向上: 2024年以降のバージョンでは、動力貯蔵が従来の38時間から41時間に向上しています。これは一見小さな差に見えますが、数十年使われている定番ムーブメントに対して、メーカーが細かな改良を続けているという点に、オーリスの誠実さが表れています。
💰 5. 価格と総括
表格
項目 詳細
モデル名 オーリス PRO PILOT (2025年新作)
ケース径 41mm
ムーブメント Cal. 733 (41時間動力)
防水 100m
参考価格 皮バンド:約17,200円 / メタルブレス:約19,800円
📝 なぜこの時計が「買い」なのか?
今回のPRO PILOTは、「PPXの質感を、より手頃な価格で」という、オーリスの想いが強く込められたモデルです。
「PPXが気に入るけど、価格がちょっと…」という方。
「日常使いの、飽きのこない頑丈な時計」を探している方。
41mmという絶妙なサイズ感と、11.7mmの薄さ、そして赤いローターを覗かせる裏蓋。これらの要素が、2025年のオーリスの「ベーシックモデル」を、決して地味ではなく、「むしろ注目度の高い」一本に仕立て上げています。

誰が「複雑時計は華奢」と言った? 1万Gに耐える、百万円級の防震陀飛輪

IWCと聞いて、あなたはまず何を思い浮かべますか?
定番の「パイロット・ウォッチ」や「ポルトギーゼ」、あるいは「エンジニア」の名を挙げる方が多いでしょう。これらは確かにIWCの看板であり、長年にわたり愛され続けてきた「定番中の定番」です。
しかし、IWCの真骨頂は、こうした普遍的なデザインだけではありません。「複雑機構」と「革新素材」——この二つを融合させ、物理の限界に挑み続ける「エンジニアリング」精神こそが、IWCの本質です。
今回は、その最高峰ともいえる存在、「大型パイロット リミテッド エディション XPL」に注目します。これは、従来の「繊細で高貴な」陀飛輪の概念を覆す、文字通りの「怪物」です。
なぜ「陀飛輪」に防震が必要なのか?
一般的な時計ファンの常識として、「陀飛輪」は時計工学の華ではありますが、構造上とても繊細で、衝撃には弱い存在でした。
一方で、現代のラグジュアリーウォッチの使い方は変化しています。かつてのように「晩餐会やオフィスで静かに身につける」だけでなく、「スポーツ観戦」「ゴルフ」「マラソン」など、アクティブなシーンで着用する機会が増えています。
IWCはここに着目しました。「複雑時計だからといって、丈夫さを犠牲にする必要はない」——その信念の結晶が、このXPLです。
SPRIN-g PROTECT®:物理法則を無力化する防震システム
XPLの最大のキモは、SPRIN-g PROTECT®(スプリング・プロテクト)と名付けられた画期的な防震システムです。
従来の防震: ごく小さな部品(摆輪)を宝石とばねで保護するもの。
XPLの防震: 機械全体(エングラン)をケース内で「宙吊り」にするもの。
これは、まるで高級車のサスペンションのように、機芯全体を特殊な「バネ」で支える構造です。このバネに使われている素材が、BMG(大塊金属ガラス)です。
素材学の結晶:BMGとCeratanium®
このBMG素材は、金属とガラスの中間的な性質を持ちます。結晶構造が無秩序であるため、通常の金属よりもはるかに高い靭性(じんせい)と耐衝撃性を誇ります。
IWCはこのBMGを機芯の支持体(サスペンション・アーム)として使用。衝撃が加わると、このBMGアームが機芯を優しく包み込み、エネルギーを吸収します。
また、ケース素材にはIWC独自のCeratanium®(セラタンニウム)——焼結技術によって黒色化・硬化されたチタニウム——を採用。軽量かつ耐食性、そして高い硬度を兼ね備え、パイロットウォッチとしての視認性(光沢の抑制)も完璧です。
パフォーマンスの数値化:10,000Gの意味
このXPLがどれほど「タフ」なのか、数値で表すとこうなります。
10,000 G(重力加速度)
これは何を意味するか。通常、腕時計が硬い床に落ちた際に受ける衝撃は数百G程度。人間が全力で拳を叩きつける際の衝撃も、計測すると約130Gほどです。
つまり、このXPLは、人間の拳で殴打しても、あるいは高所から落下させても、機械的に壊れない設計になっているのです。
中核を支えるキャリバー 82915
裏蓋からは、このタフネスの源であるキャリバー 82915を覗くことができます。
素材の融合: 伝統的な橋板構造を保ちつつ、シリコン(Silicon)製のエスケープホイールとアンカーフォークを採用。さらに、摩擦を極限まで抑えるため、Diamond Shell®(ダイアモンドシェル)技術が施されています。
軽量化: 機芯自体の重量を軽くすることで、防震システムの負担を減らしています。
パワーリザーブ: 80時間。これは、週末外して月曜日に着用しても、正確に時を刻み続ける余裕の性能です。
見た目は「極限のミニマリズム」
XPLの外観は、その性能同様に過激です。
サイズ: 44mm。しかし、チタニウム系素材と軽量機芯の採用により、装着感は驚くほど軽快。
文字盤: 6時位置に配置された陀飛輪を除き、あとは極限まで無駄が削ぎ落とされた「镂空(ロウクウ)」デザイン。
ディテール: 12時位置の三角形インデックスは、元祖パイロットウォッチ(B-Uhr)へのオマージュ。しかし、それ以外はCNC加工によるシャープな稜線と、黒色の無機質な質感が、未来を感じさせます。
📝 総括:IWCの「守破離」
IWCは、長年にわたり「伝統的な高級時計メーカー」としての地位を確固たるものにしてきました。
しかし、このXPLは、「伝統を守りつつ、常識を破る」というIWCのもう一つの顔を象徴しています。
守: パイロットウォッチのDNA(三角インデックス、読みやすさ)。
破: 陀飛輪という複雑機構に防震を施すという、従来の常識破り。
離: セラタンニウムやBMGといった、他に類を見ない素材工学の追求。
152万円という価格は決して低くはありません。しかし、これを単なる「装飾品」として見るか、それとも「1万Gの衝撃に耐える、現代の機械工学の結晶」として見るかで、その価値は大きく変わります。
このXPLは、理系男子のロマンを具現化した、まさに「究極の男の腕時計」だと言えるでしょう。