オーデマ ピゲをおまけに搭載したコーチビルドモデルの最新作で“クルマと腕時計の競演”を見せ、

3000万ドル(日本円で43億5700万円)とうわさされるクルマには、それに似合うユニークピースが用意されてしかるべきだろう?
自動車業界は2023年のモントレー・カー・ウィークを締めくくったところだ。クルマと時計は密接な関係にあるため、必然的にいくつか時計関連のニュースが飛び込んできた。私は会場にいなかったものの、ロールスロイスはオーデマ ピゲをおまけに搭載したコーチビルドモデルの最新作で“クルマと腕時計の競演”を見せ、ショーの主役となったようだ。まあ、当然だろう。
2017年にスウェプテイル(ファントムをベースにしたレイス風の2ドア車)、ボートテイル(テーパーしたボディ、バタフライドア、ラゲッジコンパートメント上にカレイドレーニョのウッドパネル)を発表したロールスロイスは、モントレー・カー・ウィークの期間中、ザ・クエイルで4台のオーダードロップテイルの第1弾を発表した。これらはすべて同ブランドの“コーチビルド”プログラムの一環として提供されるもので、既存モデルですら無限に近いカスタマイズでも不十分な場合、VIPに特別な気分を味わってもらうための方法をロールスロイスのようなブランドは常に用意していることを示している。
ロールスロイスのラ・ローズ・ノワール・ドロップテイルは美しいカスタムカーであり、このクルマを依頼した一族の家長が愛してやまないバカラローズへのラブレターでもある。何千時間にもおよぶカスタム作業と、約3000万ドル(日本円で43億5700万円)ともささやかれる価格からして、まさに車輪の上の芸術品だ。だが、その話はまた後で。その前に、語るべき時計がある。
クルマの発明以来、クルマと時計の歴史は密接に絡み合ってきた。したがってこのオーダーに時計の項目があるのは理にかなっている。ダッシュボードの助手席左側にあるボタンを押すと、オーデマ ピゲによる唯一無二の時計、ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMTが現れる。
この時計は2023年初頭に発表されたばかりで、今作はこのプラットフォームを使って製作された初のユニークピースだろう。オーデマ ピゲ ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMTは、(まさにロールスロイスのドロップテイルのような)先進的な素材とテクノロジーを採用したブランドを象徴するモデルである。直径43mm × 厚さ17.4mmの巨大なケースはチタン製で、カーブしたケース形状のおかげで実寸よりもコンパクトに見えるが決して小さくはない。コンプリケーションを詰め込むには、かなりのボリュームが必要だ。約70時間のパワーリザーブを誇るオープンワークの自動巻きムーブメント 4407は、ローターの軸受けにスプリットセコンド機構を内蔵し、12時位置にはGMTとラージデイト表示を備えている。
特注の赤いカウンターと、ラ・ローズ・ノワールの色調に合わせた赤いインナーベゼルを備えたこの時計は、クルマのダッシュボードのなかに収められている。またダッシュボードそのものが寄木細工の傑作であり、彼らが“バラの花びらが舞い散る様子を抽象的に表現した”と語るこの作品は、2年の開発期間を経て1603ピースのブラックウッド製ベニヤの三角形から作られている。そしてボタンを押せば、2枚の小さな扉の後ろに隠された時計がゆっくりと姿を現す。
オーデマ ピゲの新しいコンセプトはストラップを簡単に付け替えることができるため、車載時にはヘッドをクルマのマウントに取り付けてダッシュボードクロックとして使用することもできる。ラバーストラップを使用しないときには、ドアポケットに入れることを想定した専用のレザーポーチも付属する。時計がないときでもチタン製のフレームが、オーデマ ピゲの職人が手作業でバラのエングレービングを施したホワイトゴールド製のコインを強調する。映像では時計の代わりにコインが収まっているのが確認できるため、時計を腕に装着しているときにもここに隙間ができることはないだろう。なお、ストラップ用のクイックリリースはケースバック側からアクセスする形になっているので、どうやって時計を取り出すのか実はよくわかっていない。おそらく、ほかの場所にちょっとした隙間があるに違いない。
ボートテイルには近未来的なテクノロジーが投入されているが、その一方でエレガントなアートのような印象もある。そのため、ロイヤル オーク コンセプトを、より伝統的なロイヤル オーク(同じぐらいモダンに見えるかもしれない)や特注品の懐中時計の代わりに使うのは少し場違いな感じもする。しかし私は顧客に特注ロールスロイスに対する感想を述べる権利はないと思っているし、そんなこととは関係なくこのクルマは本当に美しい。
“コーチビルド”のロールスロイスを手にするということは、いまやほとんどの時計ブランドで味わえないであろう贅沢の極みである。まるでヘンリー・グレーブス(Henry Graves)氏やジェームズ・ウォード・パッカード(James Ward Packard)氏がパテック フィリップにグランドコンプリケーションやスーパーコンプリケーションを特注していたあのころのようだ。ハイブリッドティーローズであるブラックバカラの花びらは、光の加減でブラックから濃いレッドバーガンディ、そしてポメグラネート(ザクロ色)へと変化する。これらの色は、寄木細工からカスタムカラーによる“トゥルーラブ”ペイントに至るまで、車体全体に使われている。取り外しできるようカスタムされたルーフにはエレクトロクロミック(電流を流したり電圧をかけることで色が可逆的に変化する技術)ガラスパネルが装備され、ロードスターとクーペをひとつにしたような雰囲気を味わうことができる。モノコックボディはスティール、アルミニウム、カーボンファイバーからなっており、インテリアからエクステリアまでその造形は驚くほど彫刻的だ。内部には6.7リッターV型12気筒エンジンが搭載され、最大馬力は593ps、最大トルクは620psを誇る。
また、新しいオーナーが新しいクルマ(と時計)を祝う準備が万全でないことを心配しているのなら、このクルマには特別に手配したシャンパーニュ ド ルッシのヴィンテージを入れる特注のロールスロイス製シャンパンチェストが付属している。足りないのは、ロールスロイス製のシャンパンサーベルぐらいだ。

オーデマ ピゲのチャレンジは、新たな才能とのタッグで複雑時計と現代アートを融合させた。

キャラクターウォッチの歴史は古く、1902年に出版されたアメリカの漫画マスター・ブラウンの顔をダイヤルに描いた懐中時計が発見されている。そして1933年、インガソール社がミッキーマウスの腕を針としたキャラクターウォッチを開発。以降、キャラクターウォッチは、ダイヤルの飾りである静止画タイプとメカニズムに取り込んだアニメーションタイプとが次々と登場していく。それらの大半はチープなモデルであったが、1980年代以降、高級時計の表現手段としてさまざまなキャラクターとのコラボレーションが試みられるようになった。

オーデマ ピゲは2017年からマーベルと長期的なパートナシップを模索し、2021年、メゾン初のキャラクターウォッチを世に送り出した。それは静止画タイプでもアニメーションタイプでもなく、キャラクターを立体的なモニュメントとして設えダイヤルに配した、まったく新しい表現であった。2023年には、その第2弾が登場。そして今年誕生したオーデマ ピゲの3Dキャラクターウォッチでは、現代アーティストが生み出したキャラクターの世界観をメカニズムと融合させるという、新たな試みに挑んだ。

オーデマ ピゲが目指すのはより良いものを成し遂げ、まだ存在しないものを創ること。そのための手段のひとつが、伝統と前衛の共存であるという。伝統はメゾンに息づく。そして前衛は、さまざまなカルチャーとともにインスピレーションを与え合うことで新たな創造の領域を得てきた。

マーベルとの提携では、前述したようにそれまで存在しなかった3Dキャラクターウォッチが生み出された。それをさらに発展させるため、メゾンが新たなパートナーとして選んだのは、世界的な人気を誇る現代アーティスト、KAWSであった。そのコラボモデルとなる「ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン “コンパニオン”」のダイヤルは、その名の通り彼の代表作であるコンパニオンの立体的なモニュメントで埋め尽くされている。

ミッキーマウスから着想を得たと言われる、顔をスカルに仕立て目を“××”としたキャラクターはフィギュアでも人気で、グラフィックとしてもさまざまなブランドで用いられてきた。その上半身をオーデマ ピゲはチタンを使って立体的に創り上げ、サファイアクリスタル風防に手を押し当てて、外側を好奇心いっぱいにのぞき込んでいるかのように配した。そしてその胴体の真ん中は丸く開口され、トゥールビヨンの動きを見せている。

これまでの2作のマーベルウォッチは1作目のブラックパンサーがフライングトゥールビヨン、2作目のスパイダーマンがトゥールビヨンであったが、いずれもキャラクターとは切り離され、関連性を強く主張していなかった。それが今回、胴体に組み込まれたのは、KAWSには“解剖シリーズ”という作品群があるから。つまり機械式時計の心臓部を、解剖されたコンパニオンの心臓に見立てたのだ。これは、KAWSの世界観とメカニズムとの幸福なマリアージュだと言えよう。

ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン “コンパニオン”

Ref.26656TI.GG.D019VE.01 価格要問合せ(250本限定)

チタンケース、43mm径、17.4mm厚。手巻きCal.2979搭載、約72時間パワーリザーブ。10気圧防水。

サンバースト模様のチタンダイヤルプレート上に、グレートーンのチタン製ミニチュア KAWS “コンパニオン”。サンドブラスト仕上げのライトグレーチタンインナーベゼル、暗闇でブルーに発光する蓄光加工を施したチタンのペリフェラル式ロイヤル オーク針とアワーマーカーを採用。

また過去2作のモニュメントと比べ、ペイントを最低限にしているのも新たな試みである。色は、ライトとダーク、2つのグレーのみ。そしてサテン仕上げとサンドブラスト加工によるコントラストの違いで立体感を際立たせ、コンパニオンのフォルムを純化してみせた。さらにケースも同じチタン製として異なる仕上げを組み合わせ、グレーのトーン・オン・トーンによる静謐な外観を創出している。

ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン“コンパニオン”を見る

KAWSのクリエイティビティを全身で表現

キャラクターの純化はメカニズムでも図られた。ご覧のようにダイヤルを埋め尽くすコンパニオン上には、針がない。代わりにその外側で、分・時の各指標が回転するペリフェラル式時刻表示を、メゾンとして初採用したのだ。ムーブメントの縁に設置した遊星歯車を調速し、分・時の各指標が載ったリング状の歯車を回す仕組みは、ミステリーウォッチや今年各社から登場したセンタートゥールビヨンで試みられてきた。それを、時分針がキャラクターを邪魔しないために用いたのは、おそらく過去に例がない。

このモデルのために開発されたCal.2979は、ケースバック側の造作にも凝る。主輪列を覆うのは、ブラックPVDを施したティアドロップ型の立体的なブリッジ。これはKAWSのキャラクターたちのパデッド(詰め物)デザインからインスピレーションを得ているという。中央には約72時間のパワーリザーブをかなえる大型の香箱が鎮座し、そのラチェットホイール(角穴車)にも、KAWSを象徴する“×”が象られている。さらに香箱の上を小さく開口し、巻き戻りを防ぐクリックを見せているのも、ユニークである。